【Q&A 2】今後のエンジニア育成について教えて下さい

2013/10/31、自ら創業した企業を退職しました。 という記事を書いたところ、たくさんの質問をいただいたので、ぼちぼち答えていきます。

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今後のエンジニア育成について教えて下さい。ひと昔まで、エンジニアはオタクっぽいイメージがありましたが、海外の方を見てみると、マーク・ザッカーバーグさんやラリー・ペイジさんなど技術系の仕事から経営者になるパターンが多いです。日本でも堀江さんがその典型的な例だと思いますが、創業者でCTOのとぐちさんから見て、今後エンジニアはどのようになっていくべきだと思いますか?

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技術者か経営者か


「技術系の仕事から経営者になる」とおっしゃいましたが、私はそう捉えていません。

FacebookやGoogleの例は、「技術者が経営者になった」のではなく、
「技術力のある人がビジョンを持って創業した会社が、伸びている」というのが本質かと思います。

技術力の立ち位置


これだけ技術力が重要になっているIT時代において、技術力の無い会社は論外ですし、トップが技術を知らないというのは、「勘で経営する」と同じレベルの大問題ではないでしょうか。
もちろん世の中IT企業ばかりではありませんから、業界によります。
、、なんて甘いことを考えていると、かなりヤバい状況ではないかと思っているくらいです。例えば、紙で新聞だけを刷っていれば儲かる時代は、とうに過ぎていますよね。

技術力は空気と同じです。大したことではない重要なものです。

そういった意味で、「経営者は技術を理解しているべきだ」と考えています。
それどころか、「国民全員が、プログラミング(技術)を理解しているべきだ」と考えています。

それ程に重要な技術というものを、持っているといないでは大きな差がありますから、自ずと技術力のある人が創業した会社の方がうまくいっているし、時代にマッチして大きくなっているのだと思います。


今後のエンジニア育成


質問の意図を考えると、エンジニア育成は2つのパターンが考えられます。

経営者になれるエンジニア

当初の質問の意図は、こちらよりだと思いますが、私はこういった考え方はしていません。
開発側にいたからこそ理解できますが、エンジニアは、ともすれば「自分で何でもできてしまう」という錯覚に陥り勝ちです。これはナンセンスです。例えば「明日独立したら何する?」と質問したら、明確な答えを持っていないか、非現実的な答えが返ってくるかもしれません。

面白いサービス作ってローンチして、、とか言われると、かなり疲れます。

もし自分がそういった考えであれば、自分にはビジョンも現実理解も足りていないと自覚して、もっと大きな視点で物事を捉えることをおすすめします。そうして「開発者」ではなく「経営者」になれれば、「技術力のある人が創業する」ということもできるかもしれません。

エンジニア育成を考えるCTOの場合

技術力はあるにこしたことは無いですが、私は「センス」がすべてだと思っています。

例えば設計のセンス。何をオブジェクトにするか?
これはもちろんデザインパターンのような型もありますが、型は覚えて当たり前なので、それをいつ使うか、どう使うかがセンスです。

というのは「開発という枠組みの中だけ」での細かい話でして、実は開発で解決すると1ヶ月かかるけど、業務フローで解決すると半日、なんてことはざらにあります。技術力を意識しすぎると、このように「技術バカ」になっていることが多いので、いっそのことPCなんて捨ててしまうくらいの勢いが必要です。
PCを離れて、外に出て、技術者でない人と話すべきです。

あとは、環境を良くしてあげることが大切だと思います。例えば私は、納期よりも働く環境を大切にします。守れない納期なら、仕事を受けるな(もしくは伸ばせ)という当たり前のことですね。嫌ならクライアントは他に頼めば良いんです。それを上回る技術力、センス、ひいては結果があれば問題ないと思いますし、こういった上司がいれば、気持ちよく仕事ができると思います。

そういった環境で怠けないようにさせるには、「明確なビジョンと目標、適切な評価」が必要ですね。

【Q&A 1】たった2年間で会社をバイアウトまで持っていけた秘訣はなんだったんでしょうか?

2013/10/31、自ら創業した企業を退職しました。 という記事を書いたところ、たくさんの質問をいただいたので、ぼちぼち答えていきます。

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SNSマーケティングの右肩上がりの需要もあったと思いますが、たった2年間で会社をバイアウトまで持っていけた秘訣はなんだったんでしょうか?もし、とぐちさんが別の分野で起業しても数年に会社をバイアウトまで持っていくことはできますか?

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うーん、まず「数年でバイアウトできるかどうか」と聞かれれば、経験上、できます。


ただ、バイアウトありきで会社を作ったことはありません。だって、そんな会社欲しくないでしょ?
売買したい理由はそれぞれですから、利害が一致すれば問題ありませんが。
それでも、はじめからバイアウトなんて考えて創業することは、間違いだと思っています。金の為に働くなんて、面白くないし、全然もえない。

「秘訣はなんだったんでしょうか?」という点については、会社のバリューアップにつきます。


バリューにはいろいろあると思いますが、競合がいないか少ない、または競合に打ち勝つような独自の技術があること。参入障壁があること。単純に資産が増えること。という考え方ができると思います。私が重要視しているのはこの辺です。

極端な話ですが、右肩上がりの市場で競合がいなければ、話は早いです。プレイヤーは1人ですから、当然、資産は増えていきます。そういう状況であればバリューはちゃんと付きますし、参入障壁を作れていれば、さらにバリューは高まります。欲しい企業もたくさん出てくることでしょう。ひとつの例ですが、当たり前のことですよね。参入障壁は、シェアなどの数値でも、技術でも、パテントでも作れると思います。

困るのは、これから創業する場合ではなくて、創業から長い場合かもしれません。そういった場合は業界自体が飽和している可能性が高いです。プレイヤーもたくさんいるでしょう。その中で技術力が無いとしたら、それは致命的です。自転車操業しながら、独自の技術を作るしか無いと思います。その上で、業態転換する方法があるかもしれません。
例えば最近だと、チタンとセラミックを扱う会社のご相談をいただきましたが、ここはキッチン用品を作っていました。技術力はものすごくある、というパターンです。業界にはプレイヤーがたくさんいましたが、例えばこの技術を防弾チョッキの開発に充てたらどうでしょうか?という発想です。

こんな感じで、枠組みにとらわれなければ、いくらでもバリューアップは見込めると思います。わざわざ売る必要性も無いですけどね。売りたくない企業を作ることの方が大切だと思います。

2013/10/31、自ら創業した企業を退職しました。

真夜中の大実験


2010年の秋は、自ら創業した会社を追い出された直後で、やることも特にありませんでした。当時、他に会社を持っていたり、出資している先もあったのですが、顔を出したいという気分にもなれず、部屋にこもりニート生活。寒い冬が来る直前で、気分は最悪でした。

そんな中、そろそろ日本でもfacebookがビジネスになり得るだろうと考えていたこともあり、寂しく暗い部屋でfacebookに関するブログを書き始めました。もしかしたら世の中にニーズは無いかもしれませんが、そのときはブログ失敗で済めばラッキー。会社設立して失敗より大分マシです。気分は真夜中の大実験でした。
これがぼちぼち良かった。ブログとfacebookページを連携させて、ユーザーとのつながりを持つ。今でこそ当たり前ですが、良い方法でした。これが出版の未来だと考えて、毎日更新し続けました。再び希望に燃えてきたのです。

アクシデント


しかし、1ヶ月程続けた所で、思わぬアクシデントが起こります。私のブログ記事が毎日毎日、同じサイトに盗作されていったのです。それは前社で、私を追い出したメンバーでした。堂々と、来る日も来る日も、すべてほぼ同じ文章を、盗作していったのです。そのサイトには盗作以外の記事は1つも無く、逆に私が盗作者だとでも言いた気な程、悪意に満ちていました。

はじめは頭にきて、「その気なら、こっちはもっとシェアを広げてやる!」と思いましたが、1週間程して、それは無意味であると気付かされました。結局は盗まれるからです。時間をかけて作り上げたものが、全て、簡単に、堂々と盗まれていったのです。

同時に他にもたくさんのネガティブキャンペーンをリアルとウェブで展開されました。かつての仲間は、私を再びビジネス界に立たせるものかと死に物狂い。それは本当にひどいものばかりでしたが、私はそれに対抗して、同じようにブログやウェブでネガティブキャンペーンはやりたくありませんでした。それは見た人を不快にさせるだけで、自分の大事なブログ読者をそんな気分にはさせたくなかったからです。長い目で見れば正しいことが正しい、という信念で、ただ耐える日々が続きました。

ついに耐えきれなかったこともあります。嫌気がさして、私はブログをやめてしまいました。

IQUE株式会社、創業


また何もしない日々が5日ほど続いたある日、私はごろごろと横になりながらも、相変わらずブログのPVだけは伸びているのを見ていました。ふと、もったいなく感じて「空の写真でも撮って投稿しようかな」と思い腰をあげ、iPhone3GSで写真を1枚撮った所で、思い立ったのです。

「さすがに今ここで撮った写真まで盗作はできないよな?」

今思えば、同じことはできるだろうと思うのですが、その時は自分が天才に思えました。シナプスが沸騰するように興奮していたのを思い出します。私はそのまま空の写真をアップするのではなく、facebookに関する持論をブログで展開したのです。これまでのアプリの紹介や、facebookの説明なんてありきたりでくだらない記事は止めにして、私にしかない、私だけの意見を書きなぐりました。

盗作はされなくなりました。その後も、アプリ紹介のような記事は相変わらず盗まれていきましたが、持論は盗まれませんでした。このことで、”オリジナルなコンテンツ”の強みを体感できた体験は、後のビジネスに大きく貢献しました。こうして運営を再開すると、そのうちにブログから問い合わせがあり、facebookアプリ開発のお話を頂くことになったのです。

自分でやって、うまくいった。それもまぐれ当たりではない、本当の力で。それを続けていきたいと思える。だからこれを最初の売り物として、IQUE株式会社を創業しました。既に春が来ていました。

悩みの種


創業直後、ちょうど時代がfacebookに流れ始めたということと、まだどの企業もfacebookに手をつけていなかったことが大きな要因となり、勢いは増していくことになります。

ただ、当初売り物としていた「facebookとブログをつかったプロモーション」というのは、なかなか説明が難しく、数多くは売れませんでした。例えばクライアント側で人手も必要だという課題や、長期的な施策であるという課題もあり、それよりも「facebookアプリを活用した、facebook上での短期的プロモーション」にニーズが集まっていました。

これが実際よく売れたのですが、同時に、私にとって悩みの種でした。クライアントのニーズに応えることはできるが、本当にそれがクライアントにとって良いことなのか。という疑問を、払拭しきれなかったからです。その状態のまま、従業員を雇い、業務を拡大していきました。


私が社長をやめたとき


しばらくして渋谷道玄坂近くの居酒屋で、私は現在のIQUE社長と会食をしていました。「IQUEの社長になってくれ」という話をする為にです。

これは、facebookがプラットフォーム戦略を取り、”開発”を重視していたからです。開発力が事業のコアになることは確実でした。ただ、技術者を雇うにしても、まだfacebookなんて触ったこと無い人だらけ。幸い、私は技術者でもあったので、自分がそのコアになることにしたのです。CTOを探すより、CEOを探した方が早く、会社の為にもなると考えたからです。

そしてIQUEは新社長を迎え、私はCTOになりました。
ブログを書いてから、1年後のことです。

CTOの選択


CTOとなった私は、「クライアントのニーズに応えることはできるが、本当にそれがクライアントにとって良いのか。」という疑問の解決にあたることにしました。

これもやはりブログと同じで、想定を作り、実際の数値とのズレをはかることにしました。実際のプロモーションから、ユーザーの行動などの計測数値を見ていくことにしたのです。この頃既に100を超えるfacebookアプリを作り、数値を溜め込んでいましたから、難しいことではありませんでした。

結局、「プロモーションというのは、それ自体が目的であることは少なく、プロモーション後にどう目的を達成するのかが一番大事だ。」という当たり前のことに気がつき、インバウンドマーケティングへと思考を変えることができました。ブログだけでも、プロモーションだけでも十分ではなかったのです。

さて、それをシステムとして実現する為には、開発基盤を整える必要性がありました。これが、開発者を雇い、育て(あるいは勝手に育ちました)、技術とその使い方の既定を選択するという、CTOとしての仕事の始まりだったと言えます。

例えば、どんなに小さなシステムでもフロントエンドとバックエンドを分けて開発すること。フレームワークにlaravelを、jsではbackboneではなくangularjsを。一部DBにMongoDBを選択。HTMLはすべてjadeで書くこと。どの項目も、少しだけアグレッシブな選択を意識的にしました。リスクとの兼ね合いですが、この選択は短期的に効果を出しつつ、2年もたてばアドバンテージを生むはずです。

それから2年。会社は増収増益。未だに競合も少ないし、開発ノウハウで優位性を持っています。ソーシャルメディアも右肩上がりで将来性もあり、会社を買いたいと言うオファーも数多く、会社のバリューアップは、客観的な事実となりました。時価総額が上がる事は、株式会社としては成功のバロメーターの1つに違いありません。


そして退職しました


暑くて長い夏が終わった、2013年の秋。ブログを書いてから3年が経っていましたが、未だに「クライアントのニーズに応えることはできるが、本当にそれがクライアントにとって良いのか。」ということが、私を悩ませていました。どうしても、クライアントのニーズを満たせてしまう優良企業の中では、この課題は根本的にはクリアできないものだったのです。

こんなことばかり考えていたある日の夜、夕食の前でした。キッチンで私が妻に「会社やめて他のことしようかな。」と言うと、妻は「やりたいならやれば。いいと思うよ。」と言いました。私は「うん。そうさせてもらうね。」と、それだけの返答をして、決心しました。3年前の、あの暗い部屋で私の隣にいてくれた彼女が、今の妻です。

そうして、ブログを書いた暗い家ではなく、何度か移転してぴかぴかに新しくなったオフィスの机で、私は辞職願に記名して、自ら創業した企業を退職したのです。おかしなことに、IQUEが素晴らしいからという理由で、退職することにしたのです。

私は、創業者として、株主としてのみ会社に関わり、今後の自分の選択を実現することにしました。どの選択が最善か、事前に100%分かる事などあり得ないのですから、自分で決めて進むなら最良には違いありません。

ここまでして私が次にやるべきこと。それは、絶対に信念を曲げないこと、のようです。
筆者
とぐちたく
人工知能開発者。
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